HIKINO MAHO--blog




 
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郷愁

そういえばブログに書いてなかった!
兵庫県立美術館で展示した「郷愁」の、作品ページと記録映像を(だいぶ前に)UPしました。
http://www.hikino-maho.com/nostalgia.html


「郷愁」というタイトルは、私の大叔父(祖母のお兄さん)であるシュルレアリストの画家・浅原清隆(1915-1945)が、昭和13年に描いたペインティングから、タイトルをとりました。
この作品は、その大叔父に対してのオマージュという意味もありますが、私の祖母へのメッセージという意味が大きいです。


世界中の皆に、「伝わる」メッセージというのを信じられないです。
たったひとりの人にさえ、「伝わる」ことはこんなにも難しい。
みんなに「伝わる」メッセージって、その正解が、不確定多数の誰かにまるっと委ねられていて、なんだか無責任だなと思うのです。

アート、芸術、美学の正解は無いから、じゃあなんでも正解だというのは、なんだか無責任だなと思う。


私はどうしたって、「芸術家になる」と、ある時はっきり決めてこの道を選んだ。そのために捨てるものや負うリスク、責任を自覚するべきだと最初から思って、そこから歩き始めた。

だから、どう転んだって無責任なアーティストになるわけにはいかないというか、むしろなれないんです。
だから、あるところでアートはビジネスだと思ってる。お金が発生するという意味だけでなく、売り込む(訴える)クライアント(相手)は明確にいて、それに対する明確なアプローチと、成果を考えるべきだと。
結果がなければ、責任の取りようがないから。

そもそも、アート云々の前に、覚悟がない生き方は嫌なんです。
ダサいから。
この辺のことは、2008年に始めたこのブログでも、当時から、多少言葉やステージは変わっても、根本的に同じことを繰り返して言っているはず。

話がちょっとズレ気味ですが、まあ、そういうバックグラウンドがあって、ここまで進んできて、本作品を制作するにあたり、「おばあちゃんに喜んでもらえたら成功だな、伝わるものがあるといいな」って、それを中心に考えるようにして作りました。明確な目的をもつことで、漠然と、誰かのためにor自分のために作品を作る無責任さから一歩抜けるんじゃないかと思って。

結果としては、よかったといえばよかった。

結局、結果としてはボヤッとしているけども。正直まだちゃんと消化しきれてないけど、次に別の大きな作品を作る時に、結果がわかるのじゃないかと思います。

でもなんていうか、目的がわからないままにボヤーッと終わる感じとは違うのと、数撃ちゃいつか当たるというボヤッとで終わる感じとも違うので、これはこれでいいんじゃないかな?


さんまさんの言葉を借りれば、落ち込む、というのは自分に対する過度な期待であって、全力を尽くした後の結果は、どうであれ、自分はこんなもんなんだって、受け止めることかなと、最近思ってます。


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