HIKINO MAHO--blog




 
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おかわり

NYにきて11日め。

一週間で日本帰ります、と言っていたのに、いざ来てみると
仕事に追われたりバタバタしているうちに1週間は速攻で過ぎ去り
おかわりして(フライトを延期して)2週間滞在することになりました。

私の世話を焼いてくれる、とても強くてでも驕らない優しい、大好きな人たちと居るときの安心感、ニヤニヤしちゃう感じ。

相変わらずウルサくてセワしなくてめっちゃ疲れるこの街、
眠い、寒い、お腹減るのに、食べたいものが無い、お金も無い、絶妙に孤独、
でも中毒的に大好きな街、大好きな人たち、

もっと遊びたいような気持ちを抑えて、モヤモヤと電車に乗って帰る。
一人で地下鉄に乗って、薄暗くて汚い窓の外の景色を見ていると
「あー幸せかもしれない」と思った。


どこにベースを築けばアーティストとして成功できるのかなって、日本に帰ってからずっと考えてた。
私にとってアートは趣味じゃないから、ある意味「ビジネス」として考えて、自分をブランディングしなくちゃいけない。私の言動に、彼らの行為に、理由を探すし、そこからの結果を考えて、第一印象は嫌なことでも、理由と自分にとってのメリットがはっきりしているなら、納得して処理できる。

かといって「ここじゃない」「この人じゃない」という場所を、自分の力に変えることが私は出来ない。その人にとって「正しい」ことを言っている自分でありたいというプライドが邪魔をする。失敗したり説得したりする前に諦めて、そんなことなら自分一人で戦っていたいと距離を置いてしまう。
その上、とんでもない寂しがりやの私は、急激に孤独に押しつぶされそうになる。誰かにベタベタ甘えたい、肩を借りて、何も考えないで生きていけたらいいのにって思って泣いてしまう。

私は「誰と」「何処で」いるのが一番幸せかな?
そろそろちゃんと決めなきゃ、
誰をターゲットにするかという売り場、私のコネクションの根っこはどこが一番いい?

「誰と」「何処で」私のアートの風呂敷を広げるのか、、
決めなきゃ、決めなきゃ、、、、

「成功」しなくては、という思いが強くなった。
あの人に絶対負けたくないとか認めてもらいたいと思える相手もいて、それは昔とは違うところ。

成功のために自分が次に何をすべきか、ボンヤリとではあるが見える。しかもある程度割り切れてきたお年頃で、あとは行動するのみなのに、しかし絶対的な「ベース」を選べず、またまた人生迷子になってしまった。

しかし忙しいことは忙しかったので、新しい出会いにべったり出掛けて行くことも出来ず、(テンションも無く)、悶々としていた。
NYに来てからも「東京はどう?」という質問にいつも迷いのある答えをしてしまってイライラした。「(私にとっての)東京のアートシーンは、、」ということがまだ語れない、自分の視線の、芯となる部分がブレ続けていた。



私は、NYにいたとき、大好きな人たちに囲まれていたけどすごく孤独だと思ってた。
日本で、家族が近くに居ても、彼氏が隣で寝ているときですら、すごく孤独だと思った。
ずっとずっと孤独だなって思ってて、そしてそれがとても怖かった。

でも、電車に乗って移動している時
「ああ今幸せだな」って漠然と思った。
それは別にNYの地下鉄だからとかじゃなくて。

私はどこかに向かってひとりで移動している時間が好きだ。
周りの人間が誰一人知らない人たちで、電車が(自分が)今何処に居るのかハッキリとは分からない。でもそれぞれに目的があって、この場限りの行き先を共有する距離感が好きだ。ひとりでいることがすごく自然に感じる、物思いに耽って焦点のつかない視線を漂わせていられる。でも周りの人間に興味を向けていられる。ひとりでいても孤独じゃない。


私は誰かと一緒に居ると依存したくなって逆に孤独に耐えきれなくなってしまうし(少なくとも今は)、NO,1でありたいという自分の欲に対して卑しい人間になってしまう。そして私は知識とか、経験とかいうものに固執する人種が苦手である。そして、無理をして自分を作りたくない。というか出来ない。

誰も知らない場所なら、そんなこと考えなくてもいい。
私は移動し続ける人間になりたい。


そしたら霧が晴れた!

特定の「ベース」を持たない、移動し続けるというベースに立つことにする。

人との関係をないがしろにしたい訳じゃなく、とどまらないからこそ人との繋がりを強くしていくことも出来るはず。
私は性格的に不特定多数の人と仲良くなれる訳じゃ無いけど、本当に大事な人はいつも、程よい距離で私を見守ってくれる。会いたいと思ったら絶対に会いにいく。

甘えてるようにみえるかもしれないけど、ぼんやりフラフラしていたいということじゃなくて、私は今まで以上に楽しいことを探し続けたいし、常に外を向いて戦っていたい。
1つの場所に居るのは2年かもしれないし、1ヶ月かもしれない、もしかしたら終の住処がどこかにあるかもしれないがそれは期待してない。
普通に考えたらとんでもなく孤独かもしれないけど、私にとってはある意味自然で孤独じゃないと思う。
何にしても心の持ち方として私は流浪の民として皆様と繋がっていきたい。



このブログ書きながら思ったのは、
私のホームと言える場所は、ひとつしかなく、そこにはもう帰れないから。
そうなると決まっていた気もする。
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