HIKINO MAHO--blog




 
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自分的スタンダード

例えば毎日残業で、寝る時間も惜しんで仕事をして、ギリギリの状態で頑張ってる。

「世間は厳しいんだ」と自分を押し殺して我慢することが美徳なように言われるけど、だからといって全然納得できていないので裏でグチグチいいながら、実際には何も変化させようとしない、それは全然大人じゃない。

もしくは、仕事が好きで、ギリギリで働く自分が好きなのは結構だけど(私もそれ派だが)、例え一流企業に属したって私生活がほぼ無いなら、自分の人間としての当たり前の権利が社会的に守られてないということ、それは全然カッコいいことじゃないと知るべきだ。その現状は自分で作り出したものだから。


「日本人」はとても勤勉だし、手先も器用だし、細かいところに気が回る。
それなのに、何ヶ月もバケーションを取って適当な仕事をする「世界」に通用しない。

自分(個人)のメリットを、社会的な権利を、自分で守らなきゃという意識が低いからだと思う。
自分が持っている権利を、資本主義社会に生きる以上はちゃんと知っとかなきゃいけない。例えば、時間は有限で、だからこそ資本主義的な意味を持ち(換金でき)、それは自分にとっての財産である。使うときは必ずそれに対等な報酬を受け取る。ムサボリ取られるときは自分の手で守らなくちゃいけない。サービス残業?不平を言う、効かないのであれば会社を辞める。

もちろんリスクはある。そのリスクを侵さなくても人生はなんとかなり、社会が守ってくれるんだと大半の日本人は思って甘えているけど、自分たちが浪費した時間や労力と能力に正当に価値がつかないことを放っておいて、自分や社会が成長するんだろうか。

最近、「大人」の人から世間が厳しい、という言葉を何回も聞いた。それを聞くたびに、胸が潰されるような気がする。そうやって世間にベタベタに甘えてるのはあなたじゃないか。うまくいかないのは自分のせいでしかないじゃないのに。自分の理想や常識に沿わないからって、世間が悪いように言って、何が良くなるんだろう。



日本に帰って来て一番最初にビックリしたのが、梅田の駅構内の通路を通ってて

「歩きながらのスマホ・携帯の操作は、他のお客さまと衝突したり、列車に接触する可能性があり、大変危険です。お客様同士のトラブル防止のため、立ち止まっての操作をお願いします。お客様のご理解とご協力をお願いします。」

的なアナウンスがずっと流れてたことだ。(もっとバカ丁寧な言い方だったけど)
そしてこのアナウンス、東京でも聞くし、駅だけじゃなくて商業施設とかでも言ってる。

歩きながらスマホをいじる人を弾糾する前に、そんなこと子供でも考えれば分かるようなことなのに、わざわざ公共の場でアナウンスをされなければ分からないと思われてる、自分たちの状態を嘆くべきです。
きっと駅の人は、歩きスマホの事故を受けて、「注意喚起しないお前らが悪い」と言われたのか、言われるだろうと思って先回りしたのか分からないけど、自分の身に降り掛かるトラブルを避けたいと思ったのでしょう、お気の毒です。


歩きスマホは危ない、それは正しい。
でもそれをアナウンスすることで全員がしなくなるのか?そんな訳ない。

歩きスマホは危ない、と思ったら、その次にすべきことは駅の人に苦情を言うことですか?
まず最初にすべきことは自分の身を自分でちゃんと守ること。目の前の人が危ないと思ったら避けるか、避けられないなら「危ないから止めてください」って言うこと、自分の身を守るってそういうことじゃないですか。社会が当たり前に守ってくれて、自分は何もしなくても、100%安全に過ごせるなんて思い上がりだ。

日本にいると、自分に背格好や価値観が近い人間が多いから、自分たちが想定通りに動く人間で社会が成り立ってると思ってる。でも本当は、自分が全く予期だにしなかった考え方を、宗教だってなんだって、根底から全て違う人間で世界は作られてて、自分がスタンダードなんだっていうのは大いなる勘違いだったって思い知る。誰が正しいのかは誰にも永遠に分からない。
子供の頃は自分が中心に世界が回ってるものだけど、そうじゃないんだ、全てが間違ってたってハッと気付いた時、大人になるんだと思う。


駅側の立場にしたって、気の毒だけど、でもそうやって先回りして丁寧ぶるのは悪循環しか生まない。歩きスマホで事故が起きたところで、法律的に駅に責任がある訳ない。
「色んな人がいるから」を言い訳に使うけど、色んな人を(ほぼ)網羅する対応があるという前提をしてる日本の社会は甘い。自分たちの想定なんてどんなに頑張ったって現実を網羅できない、永遠にトラブルなんて無くならない、必ず訴えられて損が出る。でもこの狭い価値観の中で市民を甘やかせば、甘やかしただけ、さらにもっと恐ろしい労力を強いられる。

周りに気を使ったり、細々としたところまで気が回るのはいいことだけど、そのせいで肝心のところに集中できず、労力は拡散し時間を消耗する。労力も時間も有限であるが故に、資本主義的な意味を持ち(換金でき)、それは自分にとっての財産であり、自分で守らなくちゃいけないことを分かってない。


そういうことを日本に帰って来てすぐは、かなり違和感として考えてました。
それだからチミタチ駄目ニャンだよ、底辺めって。

最近コンビニの店員に「いらっしゃいませ」を言われなくてイラッとした自分に危機感を覚えます、日本の、世間的な当たり前、っていう魔力は怖い。
日々の徒然。 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

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