HIKINO MAHO--blog




 
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昔の自分

小さい頃から作文が大好きだった。
本を読むのも辞書を引くのも好きだったから、
我ながら単語力も文章力のあるほうだったと思う。

読書感想文ではいくつも賞を取ったし、
国語や倫理の先生にはよく目をかけてもらった。
逆に喋るのは苦手だったから、文章を書いて人に褒められることが、
(絵を描くことよりむしろ)私の一番の自己表現だった。


でも、
大学受験の小論文対策をやり始めた時、私の文章はめちゃめちゃ駄目出しされた。
感想文じゃなくて論文だから、書き方にルールがあって、
それにスッポリはまってないと点数がもらえない。

自分は文章力があるって思ってた分、プライド折られた感じで腹立った。
自分の独自の想像力に蓋をされるみたいでイヤだった。

でもしばらく続けていたら、
「人に分かりやすく」伝えるということに、ルールがあるのは当然なんだと分かった。
特に受験対策の小論文に関していえば、当たり前に。



大学で、今度は卒業論文を書く段になって、
また教授に駄目だしされた。

私は論文を書くということで、ヘンに張り切って、
やけに難しい単語とか、回りくどくてシャラクセー言い回しを使っていた。
変に格好付けた文章に囚われていた。

つまり、論文のくせにものすごく分かりにくかった。


難しい文章であることは悪いことじゃない、でも、
単語や言い回しは難しくても、それが正しく使われてる文章と、
君みたいなハチャメチャな文章とは、「難しい」の意味が全然意味が違うよ。
君のは、ただ読みにくいだけ。誰が読んでも。

と言われた。
ショックだった、私はちゃんと日本語が使えてるつもりだったからだ。
論文の構成も真面目にやったつもりだった。
難しい単語を使っても、学識のある人なら読み解ける文章を書いたつもりだった。

でも、ただただ読みにくいんだって。。。


正直、自分の文章力が低下していることはうすうす感じていた。
大学に入ってから大した文章を書かなくなっていたから。

でも周りはもっと馬鹿そうだった。(失礼)
でも馬鹿でも良いから、自分の使える単語の範囲内で、
論文としてちゃんと構成(順序立て)して、
ちゃんと伝えるってことのほうがよっぽど重要だった。


その後、
美大に入って、、
NYにきて、、、
周りの日本語の文章力の低さに拍車がかかっていく感じがする。(また失礼)


ただでさえ、
美術とか、その思想(コンセプト)といった抽象的なものを、言語化するのは難しい。
そしてみんな芸術家としてプライドもあるから、
文章にしたって型にはめられることを嫌がる。

結果、昔の私がそうであったように、オナニーでしかない文章がつらつらと語られる。
難しい単語と、「分かる人には分かる」と、根拠不明な自信に満ちた文章。


私は自分の文章が大好きだから、
その人も自分の文章が大好きなんだろうと、想像しながらも、譲歩しながらも、

でも、間違った文法や単語は、単に間違っている、それでしかない。


ということが分かってもらえない。。
個性に蓋をされていると憤慨した昔の自分を見ているようで、
なんとも苦い気持ちになるのだけど、

「説明」という目的で書かれる以上は、
伝えることを一番大事な目的にしてもらわないと困る。
アーティストだから許されると思わないでほしい。


駄目出し、って難しいな。。大人になればなるほど。。
だってそれぞれに言い分はあって、それが間違っていないんだもん。


若い頃に、私の文章に「間違ってる!」とハッキリ駄目出ししてくれた、
赤ペン先生と教授に感謝。

物事を順序立てて考えること、
それを文章として構成すること、を通して深く考える力を学んだし、
さらにそれに対して駄目出しをしてもらえたことで、
人に伝えるということがそんなに簡単でないことと、
本当に伝えたいことを、伝えたいと思えるようなった。
日々の徒然。 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

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