HIKINO MAHO--blog




 
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もう一回

先週末は大学のサークル同回だった友達の結婚パーティーで、岡山に行きました。
岡山にはこの前の秋にも行ったのですが、本当にいい街です。
なにがあるわけではないけど、本当にいい街。
少し早めに着いたので、朝からひとりで後楽園を散歩しました。

そして結局集合時間に遅刻スレスレ、久々に会う同回の前に猛ダッシュ後の汗だくの姿で現れる、相変わらずさ。
みんなが立派な大人になっているのに、私はノラリクラリです。


今週末は引っ越しであります。


引っ越しは迷ったけど、今でも迷いはあるけど、
借りぐらし用のマンション(家具家電付き)の家賃が高すぎるので、
普通のマンションに移り、色々買い揃えてきます。

モノを増やすと、それに縛られる感じがして、嫌だなと思うんですけど。

もし将来東京に居たくなくなって要らなくなったとき、
大量のモノを捨てるなり売るなりする手間やお金のこととか、
今回家を借りるのにフリーランスの身として審査に結構苦労したこととか、
そういうのがいつか、移動することを躊躇する言い訳になるんじゃないか。

そして何より、
どうしたって「自分の」モノが溜まっていくことは、愛着が生まれていくこと、計り知れない量のキャッシュが知らず知らず溜まっていくことであって、そういう縛られた感覚が最近は怖いです。


最近停滞したり、迷ったり、しているばっかりな気がして。
突破口はどこにあるのだろう。

NYの街に、VISAをとって初めて降り立った時のような、
希望と不安でものすごくドキドキする、そういう舞台に私は立っていたい。
新鮮な空気を吸えた時の嬉しさを忘れたくない。
それは日本でも出来ることかもしれない、でもなんだか。。
知らない間にいろんなものが溜まってドロドロしてく。


デザインを考える時と同じで、
モノを減らしてシンプルに、使わないのに置いてあるものは極限に減らしたい。
モノには必要以上の意味をもたせたくない。ブランドに頼りたくない。
日々考えることをシンプルにして、本当に考えなくちゃいけないことを考えたい。
足りないものがあるっていうのは幸せなことだと感じたい。
オシャレな生活で心を満たしたいっていうのとはちょっと違う。

自分の部屋のデザイン、生き方のデザインには、クライアントは居ないわけだし。
(予算はありますが。)

そう、デザイナーにとって一番大切なことはクライアントの内なる声をちゃんと聞き取ること。
自分の生活スペースをデザインすることで、自分自身の内なる声を、聞いてみたい。
デザインしていくうちにわかることもあるかもしれない。


決定打に欠ける、この流れが変わっていきますように。
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新政権

私は日本人で(アメリカ人でなく)、自由にアメリカに出入りしたい人間なので、
トランプ新政権において反グローバリズム政策がとられる(であろう)ことは、痛手である。同じような理由で、多くの日本人にとって、トランプは支持できないことが多い。

でも、だからと言って、トランプが「悪い」というのはちょっと違う。

それはあくまで、自分のスタンス(立場)とメリットの上に成り立っていることを忘れてはいけない。
日本の多くの人やメディアが、グローバリズムを唱えながらも、自分と違う立ち位置、価値観の人間の考え方を多面的・根本的に理解しようとしないこと、伝えないこと、そもそも存在すら知らないことは、矛盾の中にあるし、とても浅はかだと思う。

貧乏でバカな白人が支持するトランプごときに、クリントンは負けるわけないじゃんと当たり前に言い、自分たちがマジョリティだと信じ込んで、それが正義だと思っていた(今も思ってる)。

それはグローバリズムの歩む道として正しいだろうか?

トランプの唱える差別主義的な考え方と、根本では繋がるんじゃなかろうか?


アメリカは大きな国で、州ごとの政治力が強い。
日本人のよく行く海岸沿いの都市部はアメリカのただの一部である。
内陸に住む多くのアメリカ人は、自分の住んでる地域から一生出ないことも珍しくなく、アメリカが世界の覇権国であり続けると未だに疑いはないし、英語以外の言葉を喋る必要も欲求もない。日本なんてどこにあるのかすら知らない。キリストを信じ、堅実に生きる。

そして彼らは、自分たちが社会で、そのスタンス(立場)を理解されないままバカにされ、虐げられていることを知っている。


彼らの信じるこの世界の正義と、私たち日本人の信じる世界の正義が、一致することなんてない。

もっと言えば、いくらグローバル化が進みネット社会が深まっても、この世界には無限に存在する価値観は、それぞれが根本的にくい違っていて、共感どころか認知しあうことさえ困難である。
そして自分の価値観は、別にこの世界においてマジョリティでも正義でもなんでもないのだ。バカにされて虐げられることは、誰にでも起こりうる。


最初に言ったように、私は日本人だし、自由にアメリカと日本を行き来をしたい人間として、アーティストとして、トランプが言うことには全く賛同できない。過激な発言で世間の注目を集める方法も下品だと思う。

ただこの考えは、日本のマジョリティな考え方としても、
それはアメリカではマジョリティでなかったと、
超大国アメリカで、民主主義に則った選挙で決まったのだ。

自分たちの正義を信じ、その結果自分以外の人たちの立場を真摯にイメージするという行為を疎かにしたせいで、その人たちを馬鹿にしてるうちに足元をすくわれ、結果私たちはトランプを勝たせたということを理解するべきだ。

トランプの言うことやその影響は恐ろしいことではあるけれど、その恐ろしさを演出するだけの、最近のメディアの仕事は仕事じゃない。単純なショータイム的な演出にあるニュースが多すぎる。これじゃトランプのやり方に乗っかってるだけでむしろ協力してるようなもんだ。


トランプは就任演説で、

We will seek friendship and goodwill with the nations of the world ; but we do so with the understanding that it is the right of all nations to put their own interests first.

We do not seek to impose our way of life on anyone, but rather to let it shine as an example for everyone to follow.

我々は世界の国々との友好と親善を求める。しかしこれは、すべての国家は自国の利益を優先させる権利を持つという理解があってのことである。

我々は我々の生き方を誰にも無理強いするつもりはない。それよりもむしろ、皆の習うべき手本となるべく、我々の生き方の輝かしさを示そう。


と言った。

彼の言うことの本質だと思う。


なぜトランプが勝つのかと言うことを、支持者側の立場を多面的に知る必要があるし(「バカな」ブルーカラーの白人の支持だけで勝ったとは思えない)、
私たちの行動がトランプの政治とどう繋がってきたのか、自分たちの日常において何を考えるべきかを本質的に語るべきだと思う。

民主主義とは何か?ってことは、そんなに単純じゃないって、誠実に理解し伝えようとする人たちはどこにいるんだ。


多様化し流動的なこの社会は、
どちら側が正しく、どちら側が悪いか、
どちら側がマジョリティで、どちら側がマイノリティか、
ということが常に曖昧であって、
一つの立場に固執する陰謀論者は、そのうち滅びると私は信じたい。
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2017年の抱負

NYから東京に帰ってきてもう2年経とうとしてる今、変に引きずるのは良くないと思いつつ、東京が好きだし遊んでくれる友達も大好きなのに、いつも何か足りないような気もしている。
NYにはもっと足りないものいっぱいあったけどね。

欲張りかもしれないが、まだまだ安定はしたくなく、自分がカッコイイと思えるスタイルをずっと探していたいし、人から尊敬される存在になりたいし、かといって毎日「お金がない」「寂しい」と思いながら生活するのはもう嫌だし、いい歳なのにと言われるのもムカつくし。かといって最近はちょいちょい体調が急降下するし、余裕をもったバランス感覚が大切だ。


2017年の抱負は
・整理整頓
・展覧会の企画書を年内に2本通す
です。

効率的に、結果にコミットする的なやつですかね。

説教くさくない説得力のある人間になりたいなあ。

がんばろー。


(最近は日々思うことはtwitterに都度出しちゃうので、blogがすっかり疎かです。。)
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「第2回 動く展」アーティストトーク



12/10 (土) シネマまえばしで行われた「第2回 動く展」上映会後のアーティストトークに登壇しました。

アーティスト活動と実際の生活や仕事とのバランスをどういう風にとっているか、ネガティブなことや現実的なところも含めて、正直に話す貴重な会でした。
できるだけポジティブ変換した話し方をしたつもりですが、目が泳ぎまくってたかも。笑
可愛い女の子たちに囲まれながら、お話しできて楽しかったです。

上映会会場には沢山の方が来ていて、自分の作品が映画館のスクリーンで流れているのを見るのは、とても貴重な体験で嬉しかったです。
しかし今見ると(前からか?)色々映像の荒さが気になる。。見ながら心臓がズキズキしました。。


群馬に行くのはほぼ初でしたが、とても良いところでした!
そして、遠出するといつも思うんですけど、都内に帰った時の安心感は素晴らしいですね。スカイツリー、東京タワー、湾岸線、お台場、とかとかのキラメク夜景を見ながら家路につく感覚、いろんな人が頑張ってるこの街で、また頑張ろうって気になります。

いつも付き合ってくれる(運転をしてくれる)Yさんに、ど感謝です。車好きなんだけどなかなか運転は上達しません!
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郷愁

そういえばブログに書いてなかった!
兵庫県立美術館で展示した「郷愁」の、作品ページと記録映像を(だいぶ前に)UPしました。
http://www.hikino-maho.com/nostalgia.html


「郷愁」というタイトルは、私の大叔父(祖母のお兄さん)であるシュルレアリストの画家・浅原清隆(1915-1945)が、昭和13年に描いたペインティングから、タイトルをとりました。
この作品は、その大叔父に対してのオマージュという意味もありますが、私の祖母へのメッセージという意味が大きいです。


世界中の皆に、「伝わる」メッセージというのを信じられないです。
たったひとりの人にさえ、「伝わる」ことはこんなにも難しい。
みんなに「伝わる」メッセージって、その正解が、不確定多数の誰かにまるっと委ねられていて、なんだか無責任だなと思うのです。

アート、芸術、美学の正解は無いから、じゃあなんでも正解だというのは、なんだか無責任だなと思う。


私はどうしたって、「芸術家になる」と、ある時はっきり決めてこの道を選んだ。そのために捨てるものや負うリスク、責任を自覚するべきだと最初から思って、そこから歩き始めた。

だから、どう転んだって無責任なアーティストになるわけにはいかないというか、むしろなれないんです。
だから、あるところでアートはビジネスだと思ってる。お金が発生するという意味だけでなく、売り込む(訴える)クライアント(相手)は明確にいて、それに対する明確なアプローチと、成果を考えるべきだと。
結果がなければ、責任の取りようがないから。

そもそも、アート云々の前に、覚悟がない生き方は嫌なんです。
ダサいから。
この辺のことは、2008年に始めたこのブログでも、当時から、多少言葉やステージは変わっても、根本的に同じことを繰り返して言っているはず。

話がちょっとズレ気味ですが、まあ、そういうバックグラウンドがあって、ここまで進んできて、本作品を制作するにあたり、「おばあちゃんに喜んでもらえたら成功だな、伝わるものがあるといいな」って、それを中心に考えるようにして作りました。明確な目的をもつことで、漠然と、誰かのためにor自分のために作品を作る無責任さから一歩抜けるんじゃないかと思って。

結果としては、よかったといえばよかった。

結局、結果としてはボヤッとしているけども。正直まだちゃんと消化しきれてないけど、次に別の大きな作品を作る時に、結果がわかるのじゃないかと思います。

でもなんていうか、目的がわからないままにボヤーッと終わる感じとは違うのと、数撃ちゃいつか当たるというボヤッとで終わる感じとも違うので、これはこれでいいんじゃないかな?


さんまさんの言葉を借りれば、落ち込む、というのは自分に対する過度な期待であって、全力を尽くした後の結果は、どうであれ、自分はこんなもんなんだって、受け止めることかなと、最近思ってます。


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